| 地球に住む63億人の人々を「100人の村」に見立てて、全世界の実情を説明したメールがインターネットを通じて、世界中に広がっている。 日本国内では、これを紹介した本が86万部を越すベストセラーになった。 ネット社会に生まれた新たな”民話”の背景を探った。
■ -50人は栄養失調、1人は・・・-
「50人は栄養失調に苦しみ 1人がひん死の状態にあり 1人は今、生まれようとしています」
「6人が全世界の富の59%を所有し、その6人ともがアメリカ国籍・・・」
インターネットで、次の人から次の人へと転送され続けているメール「100人の村」だ。 性別、人種、宗教、貧富格差などが数字で表されている。 統計的には当たり前の数字だが、「100人の村」に置き換えることで、日常では考え及ばない、「世界の中の自分」に気づくことになる。
メールの原案は、1990年に米国の環境学者ドネラ・メドウズさんが発表した新聞コラムのようだ。 当初は、100人ではなく、「1000人の村」だったが、ネット上を転々とするうちに、いつしか「100人」となった。 文章も加筆、削除が繰り返された。 日本語に翻訳されたメールは、いくつものルートで全国に広がったが、そのうちで知られるのが、「学級通信」版だった。
それを受け取った1人に口承文芸の専門家でもある翻訳家の池田香代子さんがいた。 感動した池田さんはそれをマガジンハウスの編集者、大澤房之さんに送ったことから、「世界がもし100人の村だったら」(マガジンハウス)が出版された。 池田さんは「再話」という形で文章を練り込み、判り易くした。 政治学者のC・ダグラス・ラミスさんが英訳をつけ、数字の比率を色で表したクレヨン画と合わせた。 2001年12月発売から現在(2002年2月)、86万部を記録した。
世界でも多くの人が読んだといわれる、このメール。だれもが共感したきっかけは、2001年9月11日の米中枢同時テロだった。
「学級通信」版は、千葉県市原市の市立五井中学の生稲勇教諭が作成した。生稲教諭は2001年9月24日、九州のメール仲間の教師から受け取ったものをもとにした。
生稲教諭は、生徒や教え子約100人に「学級通信」と題してパソコンや携帯電話にメールを送信。 これを受け取った一人が同市内で酒販売店を営む時田登子さんの長女だった。長女からこのメールを読ませてもらった時田さんは感動し、同じグループの酒販売店約500店に転送している。「日本では戦争もテロも身近じゃないから、こういうことから逃げている。でも世界に目を向けるとこうなっているということを伝えたかった」と時田さん。
その後、この時田さんのメールが何人かの手を経て、池田さんの元に届いた。 池田さんは、「100人の村」を「ネットロア(ネット上の民話)」と名付けた。「百人という分りやすい数字になった効果もあり、メールが転送され続けるうちに、その最大公約数的な形として民話に昇華した」
世界初のネットロアの誕生について、池田さんは「『情報』という言葉には心に報いるという意味もある。ネットは世界中の個と個を結ぶ。だから一人ひとりの気持ちに報いる初めてのメディアではないか」と指摘。
さらに、「テロのショックで、米国を中心としたグローバリゼーションではない共通の意識が目覚めた。そういう時に、この話が出現したから皆が反応したのでしょう。 実際、テロ後に伝搬は加速しています。この話には、人の気持ちがいっぱい染み込んでいるからです」と分析している。
間もなく、あなたの元へも、「100人の村」のメールが届くはずだ。
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